新しいiPhoneが発売されると、列をなして購入しようとする光景はもはや珍しくありません。熱狂的なファンの中には数日前から店舗に並んで購入しようとする人がいるもので、毎回そんな光景がニュースになる。こうやって熱狂的なファンがいることをニュースにしてもらうことでアップルのブランド力は向上していくわけです。アップルの凄さは、熱狂的ファンを作り、それをメディアが取り上げ、それが拡散しアップルというブランドを作り上げられる仕組みが存在することにあると個人的には思っています。
とはいえ、今回はブランドの話ではありません。今回の話は、アップルが定期的に新製品を発表する意味についてです。ご存知の通り、アップルは毎回iPhone8、iPhone10とバージョンアップしていきます。その光景は既に日本人にとって普通の出来事になってしまいました。一つのイベントのようなものです。それにしても、なぜアップルがこのようにバージョンアップ製品を発売していくのでしょうか?ご存知の方も多いと思いますが、今回は「そういえば何でだろう?」と感じる人のために一緒に考えていければと思っています。
「計画的陳腐化」戦略とは
昔から言われているように、昭和の時代の消費者は不足しているものが明確であり、それを満たすために買い物をしていたと言われています。テレビも洗濯機もエアコンも、みんなが欲しいと思っていてもそう簡単に買うことが出来なかった時代です。だから、企業としてはその消費者の「欠乏」を満たすために製品を作れば売れていたわけです。この頃はまだ、消費者よりも企業が優位な立ち位置にいた時代です。
しかし、近年では、消費者は何かが欠乏しているわけではありません。ほとんどのことは満たされていると言っても良いでしょう。何が欲しいか?と聞かれれば昭和の時代であれば、明確であったものが、近年では多様化しただけでなく「特に欲しいものはない」と答える人が多くなってきていると言われています。それだけ今の消費者は満たされているのです。
しかし、そのような中でも、企業は売上を継続的に増加させていく必要があります。その戦略の1つが「計画的陳腐化」と言われる戦略です。計画的陳腐化とは、プロダクトのバージョンアップ版を販売することで、それまでの製品を「古臭く感じさせる」ための戦略です。例えば、昔はテレビの録画はVHSビデオテープに録画することが出来ていましたが、昔は自分で時間設定とチャンネルを設定しなければなりませんでした。なので、野球中継が延長などしようものなら見たい番組が途中までしか録画されていなかったということになったものです。でも今では、少しバージョンアップして特定のキーワードや特定の番組を設定しておけばそんな心配せずに安心して録画することが出来るわけです。しかもハードディスクに録画されます。もしあなたが、旧バージョンのテレビを持っていたとして、上記の新バージョンが発売され知人がその機能を使っていることを聞いたら、あなたはどう思うでしょうか?自分の持っているテレビが旧バージョンであることを思い知らされるのではないでしょうか?そして、出来れば新バージョンの製品を購入したいと思う。そう思わせるのが計画的陳腐化戦略です。
この戦略のメリットの1つは、バージョンアップするに当たってゼロから考える必要がないということです。全く違う新製品を作るようなコストがかかるわけじゃないというメリットがあります。また、もう一つのメリットは、顧客の反応を見て、次回アップデートで不満を感じる部分を改善していくことでより良い製品になっていくことです。上記のテレビ録画機能に関してもまさに「不満」に感じる部分をバージョンアップすることで改善することが出来ています。さらに、もう一つのメリットは、時代の変化に適応させることが出来ることです。いつの時代にも、その時代の感性というものが存在します。昭和時代の人々が感じる「美しさ」と令和時代の人々が感じる「美しさ」は違います。そして、近年はそのサイクルが早まってきていると言います。だから、製品を発売すると翌年には「なんかダサい」と感じてしまう製品になってしまうのです。とはいえ、一度発売した製品のデザインを変えたり、仕様を変更することは出来ません。だから、その時代の変化に合わせて、バージョンアップした新製品を作ることで常に顧客の心をキャッチし続けることが可能になるということがメリットなのです。
この戦略はいいことばかりじゃない
しかし、この手法は何度もバージョンアップすることで既存顧客が離れる可能性も高まる手法でもあると言われています。毎年のように最新製品が発売されるということは、自分の持つ製品がどんどん古臭く感じていくわけで、その不満を解消するために頻繁に買い替える必要があります。とはいえ、そんなことを毎年するわけにもいかない。そのような不満を持つ顧客に対して格安simやらが出て来て顧客を奪っていくという構図は当たり前なのかもしれません。それがそこがデメリットともいえるのです。
そのため、この戦略をとる場合、その金銭的な負荷を凌駕するほどの魅力的なバージョンアップが必要になります。実際、iPhoneでさえ前製品と大した違いのない製品を出したら、相当批判されたことがあります。そんな不満が出ないように、魅力的なアップデートを継続できなければ、やってはいけない戦略ともいえるわけです。
また、アップルは古い製品の動作速度を落とすようなことをやって相当批判されました。(今では改善しているようですが)ハッキリ言ってこれは問題外です。こんなことをしていては、計画的陳腐化の戦略は破綻してしまうでしょう。他にも、フランスなどでは計画的陳腐化を法律によって罰則が課せられる場合もあり、一歩間違えば消費者に対して決して優しい戦略ではなくなることを認識しておくべきでしょう。
この戦略を採用出来る条件とは
ここまでのことをまとめると、この戦略の特徴は、あえて意図的に前製品との差異を作り出す戦略であるということです。差異を自ら作り出すことで、時代の変化に対応し続けることが出来たり、顧客の反応を見ながらバージョンアップしていくことが出来たり、開発コストも抑えられ、そして、継続的な売上向上を期待することが出来るというものです。
しかし、一歩間違えれば、一瞬で顧客を失いかねない戦略でもあること。前製品との差異が少なければ、買い替える理由もないし、何度もお金を使わせる会社としての悪いイメージが付きまとうことになる。だから、そんなデメリットを凌駕するだけの魅力を毎回のアップデートに組み込まなければならないということです。
なので、私はこの戦略を採用出来る条件を下記のように考えています。「顧客をいかに知っているか?その知った事実をもとにどう製品に落とし込むのか?という徹底した顧客中心主義であるか」です。この戦略のメリットを最大限に発揮し、デメリットを防ぐためには顧客中心主義で、時代の変化を読み顧客が求めるものを継続的に提供することが出来る能力がなければ、この戦略は成功しないということです。このやり方で一定の成果を出しているのがアップルくらいしか思い浮かびませんが(他にもあるかもしれませんが)、アップルくらいしか出来ていないのはそれだけ継続が難しい戦略であるということを言い表しているのではないでしょうか。