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自分を客観的に眺めることの重要性について

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毎朝のように1時間近い散歩をしているのだが、その時に意識していることが1つある。それは、歩いている自分自身をビルの上から眺めるように意識することである。大体10階くらいの高さから歩いている自分自身を見つめるような意識を持つようにしている。

なぜこんなことを意識しているのか?それは自分自身を外から眺めるクセを付けるためである。自分自身を客観的に見るということは非常に大切なことだと思っていて、それが出来るかできないのかでは大きな違いになると思っているからである。

もし、あなたが自分自身を客観的に見ることが出来ないとすると何が起こるか分かるだろうか?人間という生き物は無意識に思考が始まりその思考によって感情も左右される生き物だ。そのことを前提とする場合、自分を客観的に見ることが出来ない場合、生理的な思考に常にかき乱されることになる。ふいに昔のことを思い出したり、気分的にそして感覚的に行動を決断することになるのだ。

このような感情に任せて行動することは、一般的にあまり良いとは言えるものではない。仕事や人生はある程度の論理的な計画を持たなければ、実現したいことは実現しない。感情的にやりたくもないことを乗り超えなければならないシーンというのは非常に多い。だから、感情・感覚をもって判断することは危険なのである。

しかし、意外にも多くの人が出来ていない。出来ているつもりだけであって、その時の感情があなたの判断や思考に影響を与え、思いもよらぬ失敗に導いてしまう。やっかいなのは、自分自身が感情に影響を受けているとは決して思わないし、思ったとしてもそんな子供ような行動をとってしまったことを認めたがらないのだ。

自分自身を客観的に見ることは、感情や勝手に始まる思考に左右されず自分自身をコントロールするために非常に有効なのである。自分自身をビルの上から眺めていると、思考は入り込んでこないし、たとえ思考が入り込んできてもそれはまるで他人の思考や感情のように感じることが出来るからだ。

また、そうしていると自分自身という人間がいかに小さいかということも感じることが出来る。地球規模で見れば、私の今の行動なんて、なんでもない蟻のようなものだと感じるのだ。会社でのストレスなんてどうでもよいと感じることが出来るし、もっと自分自身の意見を出しても全然大丈夫だと感じることが出来る。本来の自分を取り戻すことが出来るのだ。

さらに、自分は自分自身の意思で自由に人生を決めることができるとも感じることが出来る。生きたいように自分自身を鍛え上げることも出来るし、なりたい自分自身になるために行動することも出来るという気持ちになれる。この身体を自由に操作できる人生ゲームのようにコントロールすることが出来る感覚を持つようになる。

そうなると、あとは毎日の行動を自分自身でコントローラーで操作するだけだ。実際にはそう感じることを、指示するだけで自分自身が動いてくれるわけだからこんなに楽なものはない。なりたい自分にするために、今は何をすべきか?この行動はどうなりたい自分につながっているのかを意識するようになる。

朝の散歩時に自分自身をビルの上から眺める意識を持つようにしているのは、このようなメリットがあるからである。

しかし、多くの人が知っているように、常日頃からそんなことを出来る人は少ない。実際のところ自分自身もそうだ。だから、その感覚を忘れないように毎朝練習しているのである。人間はどうしても、主観的になりがちだ。ストレスやあまりに集中しているとその意識を忘れてしまい、いつの間にか生理的な思考や感情に支配されてしまっている。

だから、おススメは一日の決まった時間に複数回の客観的になる時間を強制的に設けることである。ある人は、瞑想をする人もいるだろう。でも、重要なのは瞑想することではなく、瞑想することで自分自身を客観的に見つめるようにするということだ。その時間を一日のスケジュールの中に複数回組み込むことで、感情に流されず一日を過ごすことができるようになる。そのような毎日を繰り返していれば必ずこれまでとは違う自分自身になっていることに気づくはずだ。

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