仕事

「個性」や「オリジナリティ」というものは、泥臭く粘り強いものである。

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「オリジナリティ」や「あなたらしさ」を大切にしなさいと言われますね。仕事でも同じです。誰でもできる仕事を他の人と同じようにやっているよりも、あなたらしさやあなたしかできない個性やオリジナリティを発揮する方が仕事は楽しいし、そのオリジナリティが価値になることもあるからです。

しかし、この言葉は意味を取り違えると「自分の好きなようにしていい」ということになりかねません。社会人経験を何年か積んでいる人であれば、お客さんにとって価値のあるオリジナリティや自分らしさを発揮しろというように、捉えることが出来ますが、新人はそうはいきません。そうか!好きにやっていいんだ!となり、常識外れなことをやらかしてしまう人が出てくるでしょう。常識外れでもよいのですが、それがお客さんや同僚に迷惑でしかなかったらそれは困ったものです。

そこで今回は、「オリジナリティ」や「個性」といったことについて考え、「好き勝手」との違いについて明確にしていきたいと思います。

昔、日産のBe-1というクルマが流行りました。しかし、このクルマが発売されるまでには大きな壁を何度も乗り越えなければならなかったと言います。それもそのはず、この車は黄色だったらからだといいます。なぜ、黄色なのか?それはそれまで黄色のクルマが無かったからです。このクルマのデザインは日産社内のデザイナーではなく、社外デザイナーが担当していたのですが、社外デザイナーは、「これまでにないクルマの色は何か?」と質問したそうです。その質問に対して、「黄色だ」という回答が来たので、黄色にしたと言います。

Nissan Be-1.JPG

そうなると、多少なりとも反発を受けるのは想像に難くないわけです。いわゆる全く新しい前例のないクルマになるからです。なかなか日産社内のコンセンサスが取れなかったと後日談で語っています。そんな車が売れるはずがないと、社内からは批判があったと言います。しかし、実際には大ヒットとなりました。一見、華々しく見える新商品も実は、多くの困難を乗り越えて初めて表舞台に立っているのです。

他にも、皆さんもご存知のウォークマンも同じような道筋をたどっています。有名な話ですが、商品化する前は殆どの人が大反対。唯一賛成したのが盛田社長だけだったと言います。結果的に、ウォークマンは世界中の人の習慣さえ変えてしまうような大ヒットとなったわけですが、得てしてあまりにも強い「個性」というものは、このような批判にさらされるのが宿命のようなものなのです。

多くの人が勘違いしている点がここにあります。「オリジナリティ」や「個性」という言葉は、まるで自分たちの存在のすべてを認め受け入れてくれるかのような印象をもたらしますが、実際には色んな批判や罵詈雑言を耐え抜いたものであるということです。必ず常識外れのモノやヒトというものに対しては批判は付きまといます。

常識とは、我々が心地よく生きるための暗黙のルールのようなものであり、常識があるから効率的に社会活動が回る側面があるわけで、人間にとって必要不可欠なものなのです。だから、その常識から外れたものに対する批判というものは、必ず起きるのです。これは、常識を守る人が悪いというわけではもちろんありません。彼ら彼女は単純に常識を大切にしているだけであり、本質的に個性を批判しているわけではないからです。

では、個性とは何か?個性とはそれら批判を受けながらも輝きつづけたものだということです。多くの批判を浴び断念してしまったモノやヒトには個性は存在しません。常識に潰されたと言うと少し違うかもしれませんが、それは「個性になろうとしたけど、個性になり切れなかった」と言う方が正確なのではないでしょうか。本物の個性とは、どんなに批判を浴びても消えてなくならないもののことを言うのです。

脚本家三谷幸喜の作品で「ラヂオの時間」という映画がありますが、この映画のシーンの1つに登場人物である脚本家が書いた脚本にプロデューサーたちが赤ペンでいくつもの訂正をして脚本家が怒り狂うシーンがあります。そんな脚本家にプロデューサーは下記のようなことを言います。

あなたが本当に個性的で創造的であるのならば、どんなに原稿に手を入れられようと、修正を加えられようと、その中でも光り輝くものがあるはず。どんな有名な作家であっても、新人時代は原稿をいじられまくってそれでもそれに耐えて光る”自分”を有していた。作家の”個性”とか”創造性”とか”オリジナリティ”とか言うけれども、そんなものは、実はいつも「泥だらけ」で、泥だらけだけれども、その泥の厚みを跳ね返しても輝き続ける個性というものがある。「私の個性」、「私の特徴」等というものは、純粋無垢なものではなくて、「泥だらけ」であって、いつも対立をはらんだもの、ダイナミックで闘争的なものだというのを忘れてはならない。

「努力する人間になってはいけない」芦田宏直

そうなのです。個性とは、オリジナリティとは、純粋無垢なものではなく常に対立をはらんだ闘争的なもののことを言うのです。そのような性質のものだからこそ、個性は常に批判にさらされ泥だらけなわけです。逆に言えば、何の批判もないものを「個性」とか「オリジナリティがある」とは言わないということです。もし、あなたに個性やオリジナリティが本当にあるのであれば、闘争的であるはずであり、批判を受けてもその魅力を出し続けるはずなのです。

「出る杭は打たれる」と言います。しかし、個性ある杭は打たれても耐え得る強さを持っているし、誰かを魅了する何かを持っているものです。あなたにそこまでの強さと粘り強さがあるのであれば、あなたは本当に個性的と言えるのだと思います。個性を持つモノやヒトと言うのは、泥臭くそして執拗で粘り強いものだということです。

「個性を発揮しろ」「オリジナリティを出せ」と言われた時、それは自分の中にあるどうしても譲れないものを出せと言っているようなことと同じなのです。個性を発揮するとは、受け入れられるということではなく、常識への挑戦であり、長く続く苦しい旅への出発なのです。

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